蒸留酒であるウィスキーで酵母の味がすることはないはずだが、ビールなどを含めてテイスティングボキャブラリーとして知っておけば必ずどこかで役に立つはずだ。
ウィスキー業界における酵母の立ち位置
多種多様な酵母が様々な味わいを生み出すビール業界と比べ、ウィスキー業界における酵母の立ち位置はかなり「奥まったところ」にあると言っていい。
世界のホームブルーイングやクラフトビール業界に酵母を供給するカリフォルニア州サンディエゴの酵母製造メーカーWhite Labsでは常時50以上のビール酵母が製造され、オンラインで手軽に入手することができる一方で、スコッチ・ウィスキー業界が使用する酵母は超小規模蒸留所を除けばわずか4種類。しかもその酵母は、どちらかと言えばビール酵母よりもバイオディーゼルを生成するための酵母に近い。
結局のところ、より短期間で、より高いアルコールを生成し、温度管理に手間がかからないということが求められるからだ。もちろん酵母が造り出す味わいは重要だけど、長いウィスキー造りの歴史において酵母に常に求められてきた味わいとは、時代を超えた継続性であって「より良い」味わいではなかった。
今でこそシングル・カスクや限定リリース製品のような一過性のものも多くなったが、長らくウィスキーといえば嗜好品における工業製品としていつも変わらぬ味わいが重要であって、大きな変化を求めない比較的保守的な飲み物だと言える。特にブレンデッド・ウィスキーについては自社・他社違わず原酒が持つ味わいの安定性が味わいそのもの以上に重視されている。
もし原酒が一人歩きして「どんどん美味しく」なってしまったら、ブレンダーはその度に配合比率を変えてブレンデッド・ウィスキーの「いつも変わらぬ味わい」を造らなくてはいけない。今も昔も多くの蒸留所にとって、ブレンデッド・ウィスキーへの原酒供給がその存在目的であることを考えれば、むやみやたらに酵母を変えられないのは当然と言えるかもしれない。
酵母が生み出すフルーティーさ
そういう意味で、異なる酵母の味わいをウィスキー間で飲み比べるということはほぼ不可能に近いが(とはいうものの、バーボンのFour Rosesのように異なる酵母を使用するウィスキー・ブランドもごく少数ではあれ存在する)、以前のMarmiteの記事のように、酵母そのものの味わいをウィスキーになんとなく感じることはある。
その際の味わいとは酵母が生み出すフルーティーさであったり、花のようなお酒そのものの薫りではなく、むしろ酵母自体の味わいだ。この場合の味わいはビール酵母のそれとさほど変わらない。
一部のベルギービールなど、瓶内発酵をさせたビールの底に時々大量の澱がたまっているのを目にしたことがあるかもしれない。決しておいしいとは言えないが、これを口にしてみれば酵母がどんな味わいを持つのか大体想像できるようになる。
そもそもMarmiteはこの澱を濃縮してすりつぶし、塩を加えたものだ。もし手元に澱がたまるようなビールがなければ、パン用のドライイーストを舐めてみてもいい。そもそも袋を開けた時点でほのかな硫黄臭を含んだ独特の匂いを感じることができるはずだ。