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Tasting Vocabulary 101:Marmite(マーマイト)とビール酵母

Marmite(マーマイト)と言われてあの独特の味が想像できるなら、なかなかの英国通(オーストラリアならもちろんVegemite!)。

写真“No Question” (https://flic.kr/p/Twvamk) by Stewart Black: CC BY 2.0

英国に旅行したことがあるなら、口にせずともホテルやB&Bでブレックファストの食パンに添えられたところを一度は目にしたことがあるはずだ。黒く粘性のあるその中身は、パンの上に塗るとチョコレートスプレッドと見間違えることもしばしば。濃厚なヘーゼルナッツスプレッド、Nuttela(ヌテラ)と間違えて、一口。その得体の知れない塩味に面食らう、というのは観光客にとっての一種の通過儀式とも言えるほどだ。英国国民ですら評価が分かれるその味は、「Love it, or Hate it(大好きか、さもなくば大嫌いか)」という自嘲気味な宣伝文句に凝縮されている。もはや英国食文化の一つといっても過言ではないだろう。

Marmiteの中身とビールの酵母

Marmiteの中身はビール醸造で使用済みとなった酵母。発酵後下に沈殿する酵母を「すりつぶし」て中身を取り出し、それに塩分を加えたものだ。

当然のことながら発祥の地はビール醸造で有名な場所。1902年、英国ビールの聖地として知られているBurton-upon-Trentで、Bass Brewery(現在でもバス・ペール・エールで有名だ)の使用済み酵母の再利用品として生まれている。普及の転機は第一次世界大戦。1911年にC.フンクが当時多くの兵士が苦しんだ「脚気(かっけ)」を予防する効果的な物質を米ヌカから同定し、これを「ビタミン」と名付けた。日本ではフンクよりも数年早く鈴木貫太郎が「オリザニン」という名で発見したことが有名だが、現在では一般的に「ビタミンB1」(物質名は「チアミン」)という栄養素として知られている。酵母は周りからチアミンを取り込み濃縮するため、MarmiteもビタミンB1を豊富に含んでいる。そのため第一次世界大戦中、英国軍は脚気防止に軍用食としてMarmiteを支給。これによって英国内ではその名と独特な味わいが急速に広まることになったわけだ。

酵母はビタミンB1だけでなく、ウマミ成分のグルタミン酸なども豊富に含まれている。勘のいい人なら、これを聞いて「あぁ、酵母エキスか!」と思うかもしれない。スーパーやコンビニに行ったのなら、いろんな食材の原材料をチェックして見てほしい。おでんにかまぼこ、ドレッシングにカップラーメン。およそ塩気のあるものにはすべからく化学調味料や「酵母エキス」がうま味調味料として使用されているはずだ。味の素のような化学調味料と異なり酵母エキスは食品添加物とは分類されていないが、中には人工的なものとして避ける人も多い。でも日頃からビールを造る僕としては、酵母によって大麦を醸すプロセスで生まれたウマミは昆布ダシなどと同じくらい自然な気がするのだ(もちろん最近の酵母エキスはビール醸造を通して生まれているわけではないけど)。

ということでMarmiteにもウマミが凝縮されており、それを補完するために塩分が加えられてあの独特な味わいが生まれている。ある意味、酵母の味そのままの直球勝負のこの食品は、日本で言えばタレ付きの納豆といったところ。そういえば英国の国民食であるパンに塗って食べるのも、朝にタレ付きの納豆ご飯を食べるのも同じようなものかもしれない。ウィスキーにMarmiteを感じることはそうそうないかもしれないが、「どことなく海藻の塩っぽさ」を感じるようなアイラ系のモルトならMarmiteをうまく表現に折り込めるはずだ。

この記事を書いた人

ジミー山内
ジミー山内
ウイスキーアドバイザー。米カリフォルニア在住。アメリカン・ウィスキー及びクラフト・ビール関連業界に深く携わる一方、日本で気鋭のクラフト・ブルワリーであるTokyo Aleworksを創設。スコットランド在住時はScotch Malt Whisky Society本部で樽選定員として数多くのモルト・ウィスキーを世に送り出している。
ジミー山内
ジミー山内
ウイスキーアドバイザー。米カリフォルニア在住。アメリカン・ウィスキー及びクラフト・ビール関連業界に深く携わる一方、日本で気鋭のクラフト・ブルワリーであるTokyo Aleworksを創設。スコットランド在住時はScotch Malt Whisky Society本部で樽選定員として数多くのモルト・ウィスキーを世に送り出している。