春。カウンターで隣りあった中年男性2人がため息をついている。
「まいっちゃうよ」
「まったくだ」
「4月ってのに、オッサン2人でのんでるなんて」
「人事部から回ってきた『新入社員との酒食について』って通達、読んだかい。研修中の新入社員を連れ出していいのは2回だけ。しかも午後9時になったら解放しろと」
「俺たちが入社したころなんて、2週間酒びたりだったぞ」
「そうそう。夜中の2時3時まで先輩に連れ回される」
「あげくの果てに社員寮になだれこんで朝までどんちゃん騒ぎ。昼の研修なんて白河夜船でほとんど覚えていない」
「なにせ『働き方改革』『パワハラ防止』だからな」
「しかし酒をくみ交わして初めて吐ける本音ってもんがあるだろう」
「去年は先輩からの誘いが嫌で、研修所の非常口から逃げ出して警報が鳴る騒ぎも起きたらしいぞ」
「まったく、嫌われたもんだ」
「まったくだ」
若者の「酒離れ」が進む。新歓コンパで一気飲みを強いられた学生が亡くなる事故が続き、アルハラを嫌う風潮が酒離れに輪をかけた。
大人は、のめない若者に無理矢理飲ませようなどとは思っていない。食卓を共にして初めて分かる相手の素顔というものがあるのだ。つきあって嫌な思いをすることだってあるだろう。だが、世間はもっと、理不尽なことにあふれている。
いつの間にか、大人が子どもに遠慮する妙な社会になってしまった。大人から解放された新人たちは、いったいどんな研修期間を過ごすのだろう。定時に宿舎に帰り、スマホとにらめっこしながらコンビニ弁当でも食べるのか。
若者よ。大人と酒を飲むことは、いい大人になるための練習なのだよ。