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雨ニモマケズ、風ニモマケズ

最近の僕の楽しみは、You tubeで80年代から90年代前半の日本の歌謡曲を聴く事だ。この頃は日本中がバブルで沸き、異様に景気が良かった頃でそういう背景のせいか歌の内容も今の物とはだいぶ違い、こういった内容の歌は近頃少なく(日本に住んでいない僕が言うのも何なのですが)これからもそんなに出てこない様な気がしてならない。 

皆の趣向が変わるのは当たり前なのだが、それ以上にこの頃と今では環境が全く違うかららだと僕は思っている。あの頃は余るほどのお金と、皆が明るい未来を信じていた時代。 今とはある意味正反対だと言っていいだろう。そして時を同じくして、今となっては珍しくなったウィスキーを何本かコレクターの友人から買い取り、もちろん口を開けた。

80年代に蒸留された物や90年代にボトリングされた物で「I love it!」「美味い」と全てのボトルが見事にあたりだった。最近のリリースではあんまり出会えないスタイルのウィスキーばかりであった。そしてふと僕が思った事は今後、最低でも近い将来にはこう言った感じのウィスキーは出てこないのだろうなと。それは環境も違えば全てが80年代、90年代とは違うからだ。

このウィスキー人気の真只中、「よし!将来の為にこの樽をあと25年寝かせておこう!」と気長に待つ企業は無きにしも非ずだがその樽の数には限りがあるし、またスピリッツの生産量を増やしてもそれを入れる良質の樽の数が圧倒的に少ない。決定的な事を言えば、売れないものを造って工夫をして売っていた時代と、造れば造るだけ売れる時代とでは結果が(商品が)大きく違ってくると僕は思うのだ。

もし当時の様なウィスキーが飲みたいと願うなら、ウィスキー業界が少しばかり不景気にならなければならない様な気がするし、あの頃の様にバブリーな「心から君を愛してる~」が聴きたければ日本がもっともっとたくましくならなければならない。そして最後にこの度僕が改めて自己を発見したのは、音楽にしてもウィスキーにしても最近何かにつけて「昔は……」を口にしてしまうと言う事だ。そう、僕も立派なオヤジの仲間入りなのである。

この記事を書いた人

皆川達也
皆川達也
18歳より京都でバーテンダーの仕事を始める。1998年にスコットランドへ渡り、エジンバラで4年、その後スペイサイドのCraigellachieHotel のバーマネージャーに。2005年にダイレクター兼ウィスキーマネジャーとしてHighlander Inn の立ち上げに参加。その後、サントリーの欧州ブランドアンバサダーを経て2015年にハイランダーインのオーナーに。バーでウィスキーの魅力について語る日々を送っている。
皆川達也
皆川達也
18歳より京都でバーテンダーの仕事を始める。1998年にスコットランドへ渡り、エジンバラで4年、その後スペイサイドのCraigellachieHotel のバーマネージャーに。2005年にダイレクター兼ウィスキーマネジャーとしてHighlander Inn の立ち上げに参加。その後、サントリーの欧州ブランドアンバサダーを経て2015年にハイランダーインのオーナーに。バーでウィスキーの魅力について語る日々を送っている。