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あなたの知らないアメリカン・クラフト②:Asheville (アシュビル)

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ノース・カロライナ

文:ジミー山内

アメリカン・クラフト・シーンの隠れた聖地、アシュビル(Asheville)。

シャーロットから車で西へ約2時間。いよいよ目前に迫るアパラチア山脈を越えればその先はテネシーとケンタッキーだ。

アシュビルがクラフト・シーンで特に注目されるようになったのはここ五年ほどのこと。街の人口約9万人、周辺をあわせてもわずか40万人程度のアシュビルにSierra Nevada(カリフォルニア州)、New Belgian、そしてOskar Blues(両者ともコロラド州)が矢継ぎ早にアメリカ東部・中部向けの第2醸造所を設立したのだ。

クラフト業界でも最大手とされるこれらのブルワリーが、広大なアメリカでほぼ同じ場所・同じ時期に醸造所を設立したことは大きな驚きを持って迎えられた。さらにアシュビルを含むバンコム郡には40軒近いローカル・ブルワリーがひしめいており、人口一人あたりのブルワリー数はポートランドを抜いて全米一という、まさにアメリカン・クラフトビールの聖地なのだ。

その理由の一つがpH、ミネラル分ともにビール造りに最高と言われるアパラチア山脈の冷水。

でもやはり最大の要因は彼らが「地元のためのコミューナルな場」というアメリカン・クラフト・ビール・ムーブメントの原点に忠実だったからだろう。

それこそがアシュビルに最も求められていたのだから。

“Asheville” (https://flic.kr/p/T4vwbj) by Karrie Banaghan: CC BY-NC-ND 2.0

アシュビルの繁栄と不況の歴史はまさにアメリカの地方小都市の縮図といっていい。同地は鉄道の開通と共に19世紀後半から大いに繁栄。鉄道王ヴァンダービルト家がアメリカ最大の邸園ビルトモア・エステートを建てたのもこの時期だった。20世紀初めになるとアール・デコ様式の洒脱な建物が立ち並んだが、それも大恐慌の訪れとともに終焉。不況の影響は甚大で、負債が完済し回復の兆しが見えたのはなんと1980年代になってから。それでも90年代に入ってもその歩みは遅く、麻薬禍が吹き荒れるダウンタウンには地元住民ですらあまり足を踏み入れなかったという。

日本でクラフトと言えばポートランドやサンディエゴといった大都市ばかりが注目されるが、アシュビルでのクラフト・ブルワリーは不況から脱却しようともがく人々に集いと憩いの場をもたらす、そんなコミューナルな場所を提供したのだ。

現在では週末にもなれば、そんな小さくもコミューナルな場を目指して大都市圏から多くの人々がアシュビルにやってくる。うらぶれた山間の田舎都市が笑顔あふれる街へと変貌したその背後には、ブルワリーと飲み手だけでなく、ブルワリー同士・飲み手同士をもつなげるクラフトの懐の深さが垣間見える。アシュビルはクラフト・ビール・ムーブメントにおけるアメリカン・ドリームそのものなのだ。

緩やかな坂の上に位置するダウンタウンは本当にこじんまりとしていて、Uberもタクシーもいらない。素朴だがセンスの良いカフェやタバーン。古い屋内アーケードの前にはアクセサリーや絵画を売るオープンマーケット。街のいたるところからストリート・ミュージックがこだましている。そのサイズは半日もあれば見て回れるほどだ。

そんな小さな街中には10以上のブルワリーひしめいている。規模は様々だが、どれも個性的なブルワリーばかり。その全てを周ろうなんて無粋なことは考えなくていい。街をそぞろ歩きながら、気が向いたらふらっと立ち寄ってみればいいだけ。

まぁ、それでもオススメをいくつか。

おすすめのブルワリー

Wicked Weed Brewing

まずは「邪悪な野草」を意味するWicked Weed Brewing。中世イングランド、当時大流行していた新たな飲み物「ビール」の原材料であるはホップはこう呼ばれ、伝統的なエール醸造家から忌み嫌われていという。

2012年に設立された同ブルワリーはそのクォリティの高さから瞬く間にアシュビル随一のブルワリーへ成長。もちろんメインはIPA。アルコール度数が高いDIPAでも飲み疲れしない爽快さがそのハウス・スタイル。去年、バドワイザーで知られるビール業界最大手のABインベブと資本提携したことが大きな話題となり、コミュニティベースを重んじる他のローカル・ブルワリーから大ブーイングが起きたが、心配は無用。訪れてみればそのローカル感は大手の影響を微塵も感じさせないことがよくわかる。

Wicked Weedは2014年にダウンタウンの外れにサワー・樽熟系専門ブルワリーのファンカトリウム(Funkatorium)をオープンさせている。

タップルームは開拓時代を感じさせる素朴な木造り。奥には壮大な熟成庫。樽熟中のビールが所狭しと並んでいる。バーボン系やサワー系、自然発酵系を合わせてそのタップ数は常時なんと20近く。サワーが苦手だという人もここなら1つは、「これは・・・」と思わせるエールが見つかるかもしれない。

バリアル(Burial)

Funkatoriumの近くにあるのが、やはり人気のバリアル(Burial)。

「埋葬地」という物騒な名前のブルワリーだが、ここのビールのレベルもとんでもなく高い。オープンの2013年から400種類近いビールを生み出し、そのどれもが超高評価という伝説的なブルワリーだ。タップルームは天井が低くこじんまり。ビールグラスがMason Jarというのも雰囲気がある。天気が許せばぜひ外のミニガーデン兼ポーチでビールを愉しもう。

青々と茂るハーブは全て原材料。それらを眺めながらの一杯は本当に格別だ。

その他にも街中にはGreen ManやTwin Leaf,Hi-Wire,Bhramariなどなど様々なブルワリーがひしめいているが、もし足を伸ばせるならRiver Arts Districtに是非足を運んでみよう。

ダウンタウンから車で五分。遠目には緑に囲まれた谷間の古びた倉庫街にしか見えないが、近づいてみるとそれを改装したアート街であることに気がつく。

ウェッジ(Wedge Brewery)

その中心にあるのがウェッジ(Wedge Brewery)。巨大な倉庫の一階、10人も入ればいっぱいの小さなブルワリーだが、驚くべきは建物の目の前に広がる空間。奥には川に沿うように貨物操車場が控え、超巨大な貨物列車が大音響とともにゆっくりと通り過ぎていく。

舗装もされていないこの空間は基本的には駐車場だが、ところどころにカラフルなガーデンパラソルが並び、辺りで老若男女問わず人々が思い思いにグラスを傾けている。あるものはビア・ゲームにいそしみ、あるものは会話を楽しんでいる。砂ぼこりが舞い、なんらの作り込みもない空間が週末にはアシュビル一のコミュニティー・シーンに早変わり。

その光景はまさにアメリカのクラフト・シーンの真髄を切り抜いたワンシーン。

ちなみに川を渡ればその向こうはNew Belgianだ。

この記事を書いた人

谷嶋 元宏
谷嶋 元宏https://shuiku.jp/
1966年京都府生まれ。早稲田大学理工学部在学中よりカクテルや日本酒、モルトウイスキーに興味を持ち、バーや酒屋、蒸留所などを巡る。化粧品メーカー研究員、高校教員を経て、東京・神楽坂にバー「Fingal」を開店。2016年、日本の洋酒文化・バーライフの普及・啓蒙を推進する「酒育の会」を設立、現在に至る。JSA日本ソムリエ協会認定ソムリエ。
谷嶋 元宏
谷嶋 元宏https://shuiku.jp/
1966年京都府生まれ。早稲田大学理工学部在学中よりカクテルや日本酒、モルトウイスキーに興味を持ち、バーや酒屋、蒸留所などを巡る。化粧品メーカー研究員、高校教員を経て、東京・神楽坂にバー「Fingal」を開店。2016年、日本の洋酒文化・バーライフの普及・啓蒙を推進する「酒育の会」を設立、現在に至る。JSA日本ソムリエ協会認定ソムリエ。